居間へ駆込んだ公爵

「とうとう仕止めた」と、居間へ駆込んだ公爵は三人へ云った。「ロシアは救われた」これはブリスケウィッチで、「あたしをいやらしく口説く奴が一人消えたというものね」と云ったのはカロリであった。 しかし、その声の終らないうちに、階段の方から、重い足音がきこえて来た。三人が扉まで行って窺うと、胸から血を流し木沓《きぐつ》をひきずりながら、ラスプーチンが、階段を降りてくるところであった。彼はまだ死ななかったのである。亡霊のようなラスプーチンは、三人の前を通り、モイスカイヤ通りに向った正面の玄関から、冬の薔薇が咲いている花園へ出た。 三人は追っかけ、ブリスケウィッチは、二発拳銃を打った。その弾丸も、みんな命中し、ラスプーチンは仆れた。 やがて大公が自動車をもって駆けつけて来た。 それへラスプーチンの死骸を載せ、トロブスキー橋の方へ走らせた。 橋の中央で車を停め、ラスプーチンの死骸を引出し、ネバ河へ投げ込もうとした時、ラスプーチンの手が、公爵の肩章をむしり取った。まだ、生きていたのである。 しかし、その次の瞬間には、氷塊の流れているネバの河水が、この露国宮廷と、上流社会とを腐敗させ、君寵を頼んで、政治外交にさえ口を入れ、ロマノフ皇朝を没落させた、稀世の妖僧の死骸を呑んだ。 以上は前期欧洲大戦中での出来事で、ラスプーチンは、露国皇帝をして、敵国|独逸《ドイツ》と、単独講和させようとしていたのであった。 宗教の仮面をつけ、芸術のヴェールをかむって、反戦思想や敗戦主義を、感情的に、国民に瀰漫させる程危険なことはない。厳に警戒すべきである。

— posted by id at 04:33 pm  

T: Y: ALL: Online:
Created in 0.1712 sec.

http://best-cars-online.org/