ネバ河

[#5字下げ]五 ネバ河[#「五 ネバ河」は中見出し]

 レニングラードの陥落も時間の問題となった。レニングラード攻防戦がはじまって以来、ネバ河の名が度々《たびたび》新聞紙上にあらわれる。ネバ河と聞くと、私はすぐに、この河へ死骸を投げこまれた妖僧ラスプーチンのことを思い出す。 それは、ロマノフ皇朝の末期、一九一六年十二月十六日、金曜日の夜のことであった。この妖僧へ着せようが為めか、経帷子《きょうかたびら》のような雪が、レニングラード(その頃ペトログラード)の大都会に降っていた。 この頃、露国の名門、ユウソムポフ公爵の持家の一つに、その一階の居間に、四人の男女がいた。公爵その人と、ドミトリー大公と、大公の愛人の踊子のカロリと、右党の闘将ブリスケウィッチとであった。いずれもラスプーチン排撃の急先鋒であった。 やがてラスプーチンは、オフィザスカイヤ通りに面している裏門から、この館へ入って来た。彼は、この館の主人公が、自分の教義に帰依すると聞かされ改宗させるために来たのであった。 公爵は、ラスプーチンを階上の食堂へ案内し、毒薬入りの葡萄酒をすすめた。ラスプーチンは平然と飲みつづけた。死ぬ様子など見えなかった。公爵は恐ろしくなり、居間へ馳《は》せかえり、三人の同志へ云った。「あれは、どうしても死なない」「では、これで、やりたまえ」 と大公は云って、拳銃を渡し、「わしは家へ帰って自動車を持って来よう」 そこで公爵は食堂へ引返した。見ればラスプーチンは、息をはずませながら、室の中を、よろめきながら歩いていた。公爵はその胸をめがけ、二発打った。弾丸は二発ながら命中し、妖僧は仆《たお》れた。

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