カルタゴ市民

 そこで、はじめて、カルタゴ市民は(カルタゴは、都市国家であったから、市民は国民なのである)挙国一致、国難に赴く決心をし、如上の如き態度を執ったのであったが、時既に遅く、前記の如く、相当の期間独立を保ったが、遂には亡《ほろ》ぼされた。 いかに、挙国一致国難に赴くの態勢を執ったところで、時期に遅くれては何んの効果も無いという、よい例の一つである。 現下の日本など何《ど》うであろうか? カルタゴは、ローマと戦端をひらいた当時に於ては、ローマよりも富んでおり、武備も完成しており、特に海軍に至っては、ローマなど、足下へも寄れないほど精鋭完備だったのである。 それで、負けた。 尤《もっと》も、カルタゴは、アフリカの植民地から発達した国家であったため、自由精神を尊び、経済(主として貿易)に於ては、自由主義を用い、個人の生活様式に於ては、享楽主義を旨とした。 しかし然《そ》ういう国家であっても、前記の如く、曠古の英雄ハンニバルを産んだ如き、質素良好の国家だったのである。 では、もし、挙国一致、婦人が髪を切って弓弦として、国難に赴く如き態勢を、時期に遅《お》くれずに採用したならば、せいぜい擡頭期に於けるローマ如きにああもミジメに亡ぼされなかったであろう。 胄の緒を締めるのは、戦いに勝っている時でなければいけない。 日本など、臨戦態勢総[#「総」に傍点]強化をもっと急ぎ給え。

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