彼女との瓦斯《ガス》事件

「そういやァ、瓦斯《ガス》の臭いが稀薄だったっけ」――そこでO君は、もうその娘に対して感動しないことにして了った。 ところが、その娘には、ほかにP氏という、これもN国の若い医学士のお客があったが、そのP氏までが、O君と、彼女との瓦斯《ガス》事件を聞くと、気をわるくして、彼女へ興味を持たないことにきめて了った。 しかるにそのP氏の許へ彼女から速達が来て「あなたに逢えない絶望から、わたしは、某日の某時間に自宅で毒薬自殺をします」と書いてあった。「今度は毒薬をご使用なさると見える。……ご自由に……ベロナールであろうと、モルヒネであろうと勝手に用いて、なるたけ楽に天国へ行くんだね」 と、P氏は笑って呟《つぶや》いたが、矢張《やは》り苦になるところから、その日になると、――時間だけはグット遅くらせて――彼女の部屋へ行ってみた。彼女はベットの上に、白い顔をして死んでいた。多量の昇汞《しょうこう》水を飲んで――「て[#「て」に傍点]には相違なかったんだが……」と、他日、若い医学士は泣きながら話した。「僕が医者だったので、多量に昇汞水を飲んでも、僕がその時間に駆付けて来て、嘔吐させてくれるものと信じて……わずか二三十マルクの生活費を得たいばかりに、貞操ばかりか、命を賭けて……僕はその時間に行ってやればよかった。……僕の来るのを待って、眼に一杯涙を溜めながら、刻々に死んで行ったあの娘のことを思うと……」 ――此処《ここ》で僕は云う! それほどの窮乏のドン底にあった独逸《ドイツ》が、現在の如き、世界第一の強国に、わずか、二十年の間に復活しようとは! 日本人よ! しっかりしろ!

— posted by id at 04:27 pm  

T: Y: ALL: Online:
Created in 0.1964 sec.

http://best-cars-online.org/